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地面は、本来誰のものでもないのに(阿佐田哲也著「麻雀放浪記(三)」より)
10月の日記 2011/10/25(Tue.)
 腕時計を見ると曜日が表示されるはずの部分が真っ白だった。
昼食時は当然ながら食堂は混んでいてやはり敬遠してしまう。私は時間通り
に食事することには拘らないので、昼食は時間を置いてとることにし、
食堂が空く時間になるまで本を読んで過ごすことにした。今カバンに入れて
いる本は原田宗典のエッセイ「17歳だった!」である。なかなか笑える内容で
あっという間に読んでしまった。エッセイと小説で雰囲気が異なるのは当然
だけど、原田宗典は本当に文体もまるで違うので面白い。読み足りないので
図書館で数学の本を一冊借りた。正確には数学史の本である。
「数学のあけぼの」という本で、表紙の汚れ具合から見るからに古そうな本
である。古代ギリシアで数学がどのように確立していったか、という内容の
論文を集めた本で、これに夢中になって気がついた頃には外が真っ暗であった。
早めの夕食くらいの時間に昼食をとった。
その帰り、しばらくキャンパスを歩いていると、今日初めて、知っている人に
会った。数学科の先輩で、その人は学校の掲示板に何やら貼りつけていた。
その先輩のいい噂はあまり聞かない。
私と同じサークルに入っているがそれとは別に何やら怪しいサークルに入って
いるらしいのだ。バイトで塾講師もしているらしいが、いつも暇そうにしてい
てちょくちょくキャンパスで顔を合わせる。私はやっと人と喋れるのが嬉しく
てつい話しかけてみた。
「先輩、久しぶりです」
「んー?あら枚方さんじゃない。元気してる?」
「ええ、ああはい」
お互い共通であるそのサークルには、ほとんど行っていないが、さっきも言っ
たように、この先輩とはちょくちょくキャンパスで顔を合わせる。久しぶり
なんて言ったが実際前に会ったのはつい先週だから、大して久しぶりでも無い。
「何の貼り紙です?」
「あらら、見られちゃったわね」
見てみるとA4サイズの黄色い紙に大きな文字で一文字、「め」と印刷されて
いる。さらによく見てみると紙の下の方には「○○大学文輪部」と小さく印刷
されてあり、何やらwebサイトのurlもある。ちゃんと学校の許可はとってある
のだろうか。それを聞く勇気は無かった。
「先輩、これ、なんのサークルなんですか?」
「うん。最近作ったのよ。文芸部みたいなもんね」
「先輩って、いくつサークル入ってるんですか。数学研究会の他にも何か
入ってましたよね。たしか、政治系の」
「あー、あれね。あれも行ってるわよ。これはまた別。最近ちょっと文学にも
凝りだしたのよ」
初耳である。
「それでね、なにか文芸部に入ろうと思ったんだけど、この大学ってろくな
文芸部が無いの。なんかドコもラノベばっかり読んでそうな」
露骨にテンションを上げて先輩は語った。
「ああ、そうですね。私も文学部にもちょっと興味あってサークルオリの時に
覗いたんですけど、ちょっと敬遠しちゃいましたね」
「それでね、最近作ったの。ガチ純文学のサークルなのよ、これは。あ、そーね、
ねえ、よかったら入らない?」
「あはは。そうですね。考えておきます」
「ねえ、そんなこと言わないで入ってよ」
「考えておきますって言ったじゃないですか」
「それはやんわりとした拒否の表現でしょ?今ね、部員が私一人なの。
ね、お願いだから」
「部とサークルってどう違うんでしょうね?」
「え?知らないけど」
「たぶん部員1名じゃ部と名乗るのはいけないと思いますよ。サークルか、
さもないと同好会です」
「名前なんてどうでもいいの。短い小説を書いて、部のwikiで公開して、自由に
感想を書きあうの。URLは、ほら、これね」
と先ほどの貼り紙を指さした。
私はurlを頭で覚えて「ええ、覚えておきます」と言って帰った。
「絶対よ」と念を押されながら。

私は家のPCで暗記したurlを打ち込みサークルのwikiとやらを覗いてみた。
1つ5分で読めそうなものから30分はかかるような少し長めの小説が10程あった。
全て「aubix」という名義であった。先輩のペンネーム、ということなのだろう。
それがどれも本当に面白くて、私は今自信を打ちひしがれた所なのだ。 

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