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リスクを完全に消し去ることはぜったいにできない (アダム・ファウワー著・矢口誠訳「数学的にありえない」・上より)
小説の練習 2012/03/21(Wed.)
小説の練習

この文章は真実を嘘の中に上手く織り交ぜてあるので日記とは言えないし、
また筆者自身も登場人物として居るのだが巧妙に隠してあるのでどれが
私であるかも読者には分かるまい。

昔私が言っていたことに、プログラミングと小説は趣味として楽しみたい
ことで、仕事にしたら楽しみが死んでしまう。しかしプログラマを職業に
するのは、今走っている道を考えれば順当であり、最も現実的だろう。
叶わない夢を見ない私のことだから、今の願望としては、プログラマとして
金を稼ぎ、副業のつもりで小説を書いていたい、そんな夢は贅沢すぎるだろ
うか。そんなことを、家に遊びに来ていた友人のTにしていたらただ一言、
「てめぇの話は暗い」と返されただけだった。
彼の言う「大学生らしく」麻雀をすることになった。
二人だけでするのは寂しいので隣の住人を入れて三人で打つことにした。
隣の住人というのは私は知り合いであるが、友人とは面識が無い。しかし
Tの巧みな話術によってあっという間に打ち解けたようなので安心した。

先日、私に好意を持ってくれた人がいたのだが、私は新しい人間関係を
作ることに反対し、店員と客という関係を保つことにした。気附いたことに
私が友達を作ろうともせず同様に恋人も作れないのは、もちろん初めは
好意を持って近づいてくれるのだが、ゆくゆくは嫌いになることを、
(実際、嫌いになるに決まってる。それは私自身がソイツのことを嫌ってる
のだよ、と偉そうに説教された、)恐れているのだ。というのは実際には
付き合ってから恐れるコトであり、付き合う前に私が考えているのは
もっと根本的な心理すなわち、新しい人間関係の作成が面倒でしかないのだ。
相手のメールアドレスを知ったら、何かメールをしないといけないのだろうか
、と鬱陶しがり、相手から本当にメールでも来てしまったら、できれば
気付かなかったふりをしたい。住所なんて知ってしまったら年賀状でも
書かないといけないのだろうか。だからこの二人は、お互いに友達になろう
なんて下心なしに近づいて自然に仲良くなったという間柄なのである。

四人打ちの時の点数計算なら分かるが、三人打ちの場合の点数計算なんて
誰も分からなかった。四人打ちの場合、子のツモは親を二人分の重みとして
四人から上がる計算である。三人打ちならそれが三人から上がる計算に
なるので 3/4倍すればいいコトになる。しかし親のツモだと四人打ちなら
三人から上がるのが二人から上がるコトになり 2/3倍である。縮尺が
合わない。しかし元々親は子の1.5倍と高いのだから大したことはない。
ロンはツモの場合に貰える総額を一人から貰うという計算である。電卓を
使っていちいち計算した。四人打ちの場合に貰える点数にしようとTは
主張したが私とKによって却下された。千点を供託に出し、しかも自分の
テンパイを皆に教えるというリーチは総じてメリットが大きいか小さいか
論議しながら打っていたが最初の半荘二回は気味の悪い程に良い手牌が
来て私の圧勝だった。ドラが白だったら白は私の配牌にアンコに入っている
し、もしかすると誰か積み込みで自分を勝たせようとしてるのではないかと
疑ったがもちろんそんなイカサマをする技術も無いような人達である。
三荘目に四暗刻のリャンシャンテンが入ってきた。実は少し前から
お腹が痛くなっておりそろそろ麻雀がどうでもよくなった。本当は
途中で止めたかったのだが良い手ばかりが入ってき、一つ染めてみようか
と思うと都合よく欲しい色ばかりが入ってき、ここでトイレに立ったら
きっとコイツらは手牌を覗いてくるだろう。半荘精算にしており、
既に彼らから三万円勝っていた。学生の三万円は、Tにとってはどうか
わからないが、この隣人にとっては大きいハズだ。何といっても
家賃二万の家に住む者同士としては本気になるのに十分な額だ。
どこかの神様が、私のお腹を痛めて、しかし良い配牌を入れてきて
トイレに立たせないようにして持て遊んでるのではなかろうか。
先月からお参りした神社は四つあるからどこの神様か特定できない。
あるいはこのお腹は配牌を良くするための犠牲であり、善意のつもり
なのだろうか。

いよいよ腹痛が耐えられなくなり、集中できなくなり私一人が凹んでいて
ほとんど残り二人の激戦となった。オーラス、Tが隣人に振込み、この半荘
が終わった。私はさっさとトイレに行き、運を取り戻さなくちゃと考えて
いたのだが、ここで揉めた。隣人の上がり手は子で四人打ちなら 3900の手
なので電卓で3/4倍し、2925、切り上げて3000としTが点棒を渡そうとした手
をひっこめて突然、騒ぎ出した。
「おい、待てよ。3900じゃないぞ、これは。いいか、3900という手は
3840を100の単位で切り上げたものだろう?じゃあ3900ではなく、3840を
3/4倍するべきなんだ。そうすると、ほら、2880点だろう?だから渡すべ
きは2900点なんだ」と主張し始めた。
その100点の違いで彼らの順位が変わってしまうことに気附いたのだ。
それに隣人も気づいて道理よりも勝ち金にこだわり始めた。
点数なんてのは所詮、順位を付ける為のパラメータに過ぎなくて、
勝ち金はほとんど順位で決定するのだ。+10で1位でも+50で1位でも
その40.0の差は400円にしかならなかった。
三位は私でもう決定していたので、私から一万円を取り返したいという
情熱に取り憑かれ言い合いになった。私がその論争に参加しても聞いて
くれそうにないので手牌をさっさと崩してトイレに駆け込んだ。

アパートの共用のトイレに行く途中に私に好意を寄せてくれてるという
例の彼女に会った。そういえば同じアパートだとその時言っていたのを
今頃思い出した。
「や、今帰りですか」
「うん。今バイトが終わったところ」
「丁度よかった。もしよかったらお金を貸してくれませんか」
「いいけど、いくら?」
「持ってるだけさ」
彼女の財布をやや強引に受け取りそのまま部屋に戻った。

戻ってくると隣人が悠々としており私に手を差し出して一万円を請求した。
「結局、3900の3/4倍で了承したんだ?」と聞くと、Tは黙ってテレビを
見始めた。私はこれからまだまだ勝負するつもりだったのに。
隣人がうれしそうに説明してくれた。
「リーチをかけていたんだよ」
たったそれだけだった。リーチをかけていれば7700点の手であり、7680点
だとしても 3/4倍して切り上げすれば どっちにしろ5800点で一致するのだ。
「彼の名誉の為に裏ドラは捲らずにしといてやる」
いいや、それはTの名誉ではなく、隣人の名誉だ。
しかし、誰一人としてリーチに気付かないとは。

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